幼馴染の教育
僕はどこにでもいる、地味な中学生だった。クラスでは空気みたいな存在で、特に得意なこともなかった。だからこそ、高校デビューに賭けていた。
「ねえ、どうしたら僕って垢抜けるかな?」
隣の家に住んでいる幼なじみの女の子に相談すると、彼女は頼もしく微笑んだ。
「じゃあ、私に任せてよ!」
彼女の手にかかり、僕は少しずつ変わっていった。ぼさぼさだった髪の毛は、ハンサムショートっぽくカットして貰った。スキンケアを教えられ、化粧水と乳液で肌を整えた。「ジェンダーレスっぽい感じがいいよ」と言われたのだ。
高校の入学式。いつもは見向きもされない僕が、妙に注目を浴びた。
「え、誰?新入生?」
「イケメン!韓国アイドルみたい!」
心臓が高鳴った。僕は、今までとは違う。
話しかけてくれる人が増えた。自分に自信が持てるようになった。幼馴染にそのことを話すと、
「でも1ヶ月も経ったらみんな慣れて、埋もれちゃう。だから常に自分磨きをしないと!」
と、彼女はさらにエスカレートしていった。
そんな時に突如提案をされた。
「スカートとか案外似合うんじゃない?」
「え?スカート!?」
さすがに、それはない。思わず笑って首を振った。冗談だろ? さすがにやりすぎだって。
「いやいや、無理無理。さすがにスカートはないよ」
「なんで? ここまでやったのに」
彼女は頬を膨らませた。いや、拗ねられても困る。
「だって、僕は男だし……」
言った瞬間、自分で違和感を覚えた。彼女はすかさず突いてくる。
「男って何?別にスカート履いたって、あんたはあんたでしょ?」
理屈ではそうかもしれない。でも、それとこれとは話が違う。
「……でも、恥ずかしいし…」

「髪型だって、スキンケアだって、最初は抵抗あったでしょ?でも今は平気じゃん」
そう言われると、ぐっと言葉に詰まる。確かに、最初は戸惑った。でも、慣れれば平気だった。むしろ、気持ちよかった。
「一回だけでいいから、試してみよう?ね?」
彼女の手の中で、チェックのプリーツスカートが揺れる。
断らなきゃいけない。わかってる。だけど、なぜか僕は手を伸ばしてしまった……。
胸のドキドキ
あれから数週間、未だにスカートを履くことに抵抗はあった。最初は戸惑いと恥ずかしさでいっぱいだったのに、学校で「可愛い」と言われるたびに、それが快感へと変わっていった。
女子は楽しそうに僕を囲み、「こっちの方が似合うかも」とメイクや髪型をいじる。男子たちも最初こそからかってきたが、だんだんと僕の存在に慣れてきたのか、特に何も言わなくなった。ただ、一部の視線だけが、妙に絡みつくようだった。
ある日、体育の時間が終わったあとだった。
汗を拭きながら教室へ戻ろうとした時、不意に誰かに肩を掴まれた。
「ちょっといいか?」
振り向くと、男子バスケ部の先輩だった。クラスは違うが、背が高くて、女子からの人気も高い。そんな彼が、僕をじっと見下ろしている。
「な、なんですか?」
「お前さ、最近すげえ可愛いよな」
その一言が、頭の中で何度も反響した。可愛い? またその言葉だ。でも、それを言ったのは女子じゃない。男子だった。
「え……?」
「最初はふざけてんのかと思ったけどさ、最近の格好、普通に似合ってるし、ちょっと気になってたんだよ」
気になってた?
ドクン、と心臓が鳴る。冗談だろ?こんなこと言われるなんて思ってもみなかった。
「やめてくださいよ、からかってるんでしょ?」
思わず後ずさる。でも彼は逃がさないように、すっと手を伸ばしてきた。
指先が、僕の顎に触れる。
その瞬間、息が止まった。
何かがおかしい。こんなはずじゃなかった。僕はただ、高校デビューがしたかっただけなのに――
「お前、さ…」
彼の声が耳元で響く。僕の顎を軽く持ち上げながら、彼はじっと僕の目を覗き込んできた。
「マジで可愛いよ…」
心臓が暴れるように鳴っている。まるで、もう自分のものじゃないみたいに。
彼の視線が僕の唇のあたりに落ちる。距離が近い。近すぎる。
「な、何言ってるんですか……」
力なく笑って誤魔化そうとする。でも、彼は笑わない。ただ静かに、じっと僕を見つめていた。

このままじゃいけない。このままじゃ――
「じゃあ、またな」
彼はふっと手を離した。まるで、僕が逃げないとわかっているみたいに。
僕はその場に立ち尽くしていた。喉がカラカラに乾いて、声も出ない。
どうして、僕は――



