家庭用脱毛器の恐怖

格安脱毛器

VIO脱毛。
女性だけでなく男性も清潔感が求められる昨今。僕自身も前から興味だけは持っていた。

ある夜、布団にくるまりながらスマホをいじっていた。脱毛サロンやクリニックの価格表を見て驚愕した。20万円以上? しかも何回も通う必要がある? 正直、そんな余裕はない。それなら家庭用脱毛器を、と調べてみても5万円以上がざらだ。僕の細々とした収入では到底手が出ない。

そんなとき、SNSをスクロールしていると、突然目に飛び込んできた広告があった。「限定100台!プロ仕様の家庭用脱毛器、特別価格1万円!」思わず画面をタップし、詳細を読み込む。高評価☆5つが並び、購入者の満足そうな笑顔の写真も添えられている。勢いに任せてカートに入れ、購入ボタンを押してしまった。

数日後、届いた脱毛器は光沢のあるプラスチック製で、手に持つと意外と軽い。その夜、僕は部屋にこもり、説明書をざっと目を通しただけで使用を開始した。最初のショットを当てた瞬間、輪ゴムで弾かれたような痛みが走る。歯を食いしばり、痛みに耐えてそのまま続けた。

それから2週間ほど経ったある朝、僕は鏡の前で異変に気付いた。下着の中で感じた違和感。恐る恐る確認すると、陰茎がいつもとは明らかに違う形状になっていた。何かが腫れているのか、感覚が鈍いのか、とにかくおかしい。

慌てて押入れから説明書を引っ張り出し、細かい文字を一つ一つ読み進める。

【注意:強力な光であるため、適切に使用しない場合、陰茎に深刻なダメージを与える可能性があります】

僕の背筋は一気に凍りついた。

パニック状態のままスマホで製品の口コミを再度調べ始めた。レビュー欄には☆5の評価が並んでおり、一見安心できそうだったが、よくよく見ると内容が妙だった。

「これで必要ない部分をきれいに処理できました」
「手術費用を抑える事ができました!」

そう、☆5の評価は全てニューハーフと名乗る人々の投稿だった。僕は画面を握りしめたまま呆然とし、顔から血の気が引いていくのを感じた。

これから僕はどうすればいいのか。自分の軽率さを呪いながら、部屋の中でただ茫然と立ち尽くしていた。


女医の救い

異変に気付いて数日。僕は悩んだ末に、とりあえずSNSで注意喚起の投稿をすることにした。

「この脱毛器は危険です!」

と大きく書き、説明書に書かれた注意点を添えながら、自分の体験談を正直に綴った。

「今では陰茎に深刻なダメージが……。購入を検討している人は本当に気を付けてください!」

投稿した直後は特に反応もなかったが、その夜、スマホを開いた瞬間、僕の心臓は跳ねた。通知が無数に溜まっている。投稿は1万以上の「いいね」とリツイートを集めていた。

「何これ……?」

コメント欄を見てみると、最初は同情の声が多かった。

「大丈夫ですか?」
「やっぱり安い脱毛器は怖いね」

しかし、それも束の間、次第に雲行きが怪しくなっていった。

「説明書読まないとか自己責任でしょ?」
「ニューハーフ用の機器なんだから当たり前」
「被害者ヅラしてるけど、ちゃんと情報調べてないのが悪いんじゃない?」

さらに、ニューハーフの人々からのコメントやDMが殺到した。

「この脱毛器のおかげで新しい人生を始められたのに、悪く言わないで」
「私たちの必需品なのに、そんな扱いされるのは心外」

そんな中、1通だけ異質なDMが目に留まった。

「あなたが抱えている問題、私なら解決できるかもしれません。私は女医で、美容外科のクリニックを経営しています。もしよかったら、診察にいらしてください」

迷いながらも、僕は藁をもつかむ思いでそのDMを送ってきた女性医師のクリニックを訪ねることにした。

清潔間のあるクリニックは、天井の照明の光が眩しいほどだった。受付の女性に名前を伝えると、すぐに診察室へと通された。そこにはDMを送ってきた、落ち着いた雰囲気の美しい女医が待っていた。

診察を進める中で彼女は言った。

「状況を見る限り、このまま放置するのは危険です。手術で早急に対応しないと、取り返しがつかなくなるかもしれません」

彼女の真剣な目に圧され、僕はその場で手術をお願いすることにした。

―――手術が終わり、麻酔から目が覚める。体が重い。胸元が妙に窮屈で、下半身には感覚の違和感があった。慌てて起き上がろうとすると、女医が微笑みながら入ってきた。

「目が覚めたみたいね。よかった」

僕は布団をめくり、自分の体を見て絶句した。胸がふっくらと膨らみ、明らかに豊胸手術が施されている。そして、下半身にはかつての自分の象徴がないことに気づいた。

「どういうことですか!?僕はアソコを元に戻して欲しかったのに!」

女医はまったく動じず、柔らかい声でこう答えた。

「だって、あのままだと男でも女でもない、中途半端な体だったでしょ。私はそんなあなたを”何とかして”あげたのよ。それに……」

女医は少し笑みを浮かべながら続けた。

「あの脱毛器は私にとっても大切なものなの。それを悪く言う人が許せない。今のあなたの姿、とても素敵だと思うわよ」

言葉を失う僕。女医の微笑みは温かいようで、どこか狂気を感じさせるものだった。

クリニックを出るとき、鏡に映った自分の姿はもう「僕」ではなかった。唇を噛みながら、僕は自分に起きた現実を呑み込むしかなかった。


同じ被害者

退院してから数日が経ち、僕はまだ自分の変わり果てた姿に慣れずにいた。家の鏡を見ては、自分の顔に触れる。頬がほんのり丸みを帯び、胸の膨らみは思った以上に重く、下半身には何もない。
「何とかしてあげる」という女医の言葉を信じた結果、僕の人生は勝手に変えられてしまった。

怒りや悔しさを抱えながら、僕は女医について調べ始めた。SNSのDMやコメント欄をもう一度確認すると、彼女のクリニックに関する投稿がちらほら見つかった。

「先生には本当に感謝しています!」
「私の人生を変えてくれた恩人」

そんな感謝の言葉が溢れる中、あるアカウントの投稿が目に留まった。

「あの女医のせいで人生が壊れた」
「気をつけろ。彼女は普通の医者じゃない」

僕は震える指で、そのアカウントにDMを送った。

「あなたも、彼女に……?」

数分後、返信が届く。

「君も被害者か。なら、すぐに会おう」

―――指定されたカフェに向かうと、そこに座っていたのは美しい女性だった。

「君が、あのクリニックで手術を受けた人?」

「……そうです。あなたは?」

「俺も“施術”を受けた一人さ。いや、“受けさせられた”と言った方が正しいな」

彼女……いや、彼は少し苦笑しながらコーヒーを飲む。

「俺も元々は普通の男だった。でも、ある日、君と同じようにあのクリニックを訪れた。ある事が原因で僕は焦っていたんだ。そうしたら“何とかしてあげる”と言われて、気がついたらこの体になっていた…」

「そんな……!」

「そして、あの女医はこう言った。“あなたに合う人生はこっちだったのよ”ってね」

僕の手が震える。まさか、僕だけじゃなかったなんて。

「それに、知ってるか?あの女医、ここ数年で50人以上を女性に変えてるらしい。彼女はトランスジェンダーの支援者として表向きは崇められているけど、本当のところは――」

彼は少し言葉を詰まらせた後、続けた。

「彼女に“選ばれた”人間は、全員、強制的に女性にされてるんだよ」

頭が真っ白になった。そんなことが許されるのか?いや、事実として僕はもう戻れない体になっている。

「ところで…これに見覚えは無いか?」
そう言うと彼はカバンからおもむろにある物を取り出し机の上に置いた。

安っぽいプラスチックの機械。
僕をこんな風にしたそもそもの原因、あの脱毛器だ。

「あっ!それは…」

「やっぱり…。この脱毛器、どこで買った?」

「え?SNSの広告で……。すごく安くて、限定100台って書いてあったから……」

彼は顔をしかめ、テーブルの上で拳を握る。

「どういうことですか?」

「この脱毛器は、あの女医が作ったものだよ」

――え?

あまりの言葉に、頭がついていかない。

「そんなバカな…。なんでそんな事を…」

「これは単なる脱毛器に見せかけて、実は特殊なホルモンを皮膚から吸収させる仕組みになってる。しかも、男性器周辺の皮膚に長時間当てると、細胞そのものが変質してしまう」

「…………」

理解が追いつかない。でも、実際に僕の体は変わってしまった。たった数週間で。

「もしかして、あの女医は僕が買うことを知ってたんですか……?」

「いや、おそらく“選ばれた”んだよ。彼女が広めた脱毛器は、特定の条件に当てはまる人のSNSにだけ広告が流れるようになってるらしい」

「特定の条件?」

「たとえば、検索履歴に“女装”“VIO脱毛”“性転換”みたいなワードが多い人間。SNSでTS女性のアカウントをフォローしたり、動画にいいねしたことがある人間。そして……“潜在的に女性になれる素質がある”と判断された人間」

背筋が凍った。

つまり僕は、彼女にとって適性アリと判断されていたのか。
でも一体なぜそんな事を…。


塗り替えられる心

あれから数週間が経った。
僕は未だにこの体に慣れないままでいる。毎朝鏡を見るたび、どこか知らない人間が映っている気がしてならなかった。

「……なんで、こんなことに……」

胸の膨らみを手で押さえる。違和感しかない。でも、もう戻れない。

それでも、僕は元の自分を取り戻そうと必死だった。可能な限り外出を控えた。知り合いとは連絡を断ち、誰にも会わないようにした。
唯一繋がっていたのは同じ被害にあった彼だけだ。

あの女医のことを調べようとしても、どこかで見たはずの情報はどんどん消えていく。まるで、彼女に関する全てが意図的に隠されているかのようだった。

だけど、それ以上に不気味だったのは――最近の僕の“考え”だった。

ある日、何気なくSNSを開いた。もう見ない様にしていたのに、無意識にログインしていた。
すると、タイムラインにはあの脱毛器の広告が流れてくる。

“限定100台!驚きの効果!”
“これで新しい自分に!”
“最高の人生をあなたに”

なぜか、その広告が気になってしまった。

いや、気になるどころか――

「……これ、すごくいいよな」

自分で呟いて、ハッとする。

いやいや、何を考えてるんだ?
この脱毛器のせいで僕はこんな体になったのに?
これが原因で人生をめちゃくちゃにされたのに?

それなのに、なぜかこの脱毛器をみんなに勧めたくてたまらない。

――まるで、頭の奥で誰かが「広めろ」と囁いているような感覚がした。

それからの僕は、おかしくなっていった。
この脱毛器をもっと広めたいと思うようになった。
SNSで脱毛について検索し、意図せず「この機器を使ってよかった!」という投稿にいいねを押してしまう。
一度は敵意しかなかったはずのニューハーフのレビュー。

なのに、今見返すと……

「すごく気持ちが分かる」

そんな風に感じてしまう自分がいた。

「これは低価格で夢を叶えられる物なのかもしれない」
「みんなに、この脱毛器を知ってほしい」

そう思った瞬間――僕の手は勝手に動いていた。
広めなくちゃ……!

無意識のうちに、レビューをタイムラインに投稿していた。

「この脱毛器、すごいです!使うだけでなりたい自分になれる!」
「人生が変わりました!みんなもぜひ試してみてください!」

その瞬間、頭の奥がスッキリした。

まるで、長年抱えていた何かが解き放たれたような気分だった。

僕は、間違ってた!
これは、素晴らしいものなんだ。
もっと、もっと多くの人に広めなくちゃ!

気づけば、僕の投稿は拡散され、多くの人が反応していた。

「興味あります!」
「まだ買えますか?」
「俺も試してみたい!」

僕は心の底から嬉しかった。
すべては、彼女の思惑通り

そして、ふと気づく。

「――あれ? なんで僕、こんなことしてるんだ……?」

一瞬、我に返る。
けれど、その疑問はすぐに霧散した。

だって、僕は知ってしまったのだから。
この脱毛器の本当の価値を。

「みんなにも、知ってほしい」

そして――自分とかつての自分と同じ、新たな“選ばれた者”が誕生していくのだった。


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