僕がスポブラを選んだ理由
「先生、男の人にマタニティヨガを教わりたくないんですけど…」
マタニティコースのレッスン中、生徒にそう言われた。笑顔で受け流したけれど、心の中に引っかかるものがあった。
僕が働くジムで、最近女性のインストラクターがやめた為、マタニティコースも自分が受け持つ事になった。しかし、自分が妊娠出来ないので、わからないことを教えるのは難しい。
ただもう少し生徒に寄り添える事があるのではないかと考え、女性のスポーツウェアを着てみることにした。
黒のスパッツに、サポート力のあるスポーツブラ。最初は違和感があった。胸の締め付け感、ぴったりとした生地の感触。鏡に映る自分の姿を見たとき、思わず戸惑った。
けれど、それ以上に気になったのは、生徒たちの反応だった。
「先生、その格好…でも、私たちのことを理解しようとしてくれてるんですね!」
そう言って、笑顔を向けられた。その瞬間、僕の中の迷いが少しだけ和らいだ気がした。
レッスンが始まる。
妊婦の生徒さんが無理のないように、ゆっくりとポーズを指導する。お腹に負担がかからない姿勢をとりながら、一緒に呼吸を整える。
「ここ、少し張る感じがするんですけど…」
生徒のひとりが困ったように腰をさする。僕は膝をつき、丁寧に説明する。
「呼吸に意識を向けてください。吸って…吐いて…ゆっくりと」
生徒が安心した表情を浮かべるのを見て、胸の奥が温かくなった。

最初は恥ずかしさの方が大きかった。でも、こうして生徒のために動くうちに、そんな気持ちは次第に薄れていった。
大切なのは、相手の気持ちを理解しようとすること。
「先生のおかげで、リラックスできます」
そう言われたとき、僕はふっと肩の力を抜いた。
この服を着ている理由も、最初の気恥ずかしさも、すべては生徒のため。
そう思うと少しだけ自分に自信が持てた気がした。
ヨガのレッスンが終わり、生徒さんを見送り、スタジオの扉を閉めたときだった。スマホが震え、上司からのメッセージが届いた。
『来週からマタニティ・スイミングコースを代わりにお願いできないかな?人手不足でさ…』
思わず息をのんだ。スイミング? 水着で?
その瞬間、頭の中に浮かんだのは、女性用の競泳水着を着てプールサイドに立つ自分の姿だった。
身体のラインがはっきり出る競泳水着。想像するだけで顔が熱くなる。
『いや、無理です…水着は……』
反射的に返信を打つ手が止まった。これ以上、自分の中の境界を越えるのは怖かった。誰かに見られるのも、何を言われるのかも、恥ずかしくて耐えられそうになかった。
だけど、レッスンの後、マタニティコースの生徒さんが僕に手を振ってくれたのを思い出した。
「先生、今日もありがとう。先生がいてくれて本当によかった」
その言葉が、胸に残っていた。
僕は誰かのために、この一歩を踏み出した。そうだ。あのときも、迷った。でも、踏み出したことで見えた景色があった。
僕は先ほどまで書いたメッセージを削除し、書き直した。
『わかりました。生徒さんの為にもやります』
僕は震える指で返信を送っていた。
――数日後、上司から渡された水着を両手で持つ。生地が手のひらに吸い付いて離れない。
「これを着て、みんなの前に立つのか…」
インストラクター用の水着は、思っていた以上に小さく、薄かった。
黒いワンピース型。脚の付け根が大胆にカットされていて、鏡に映るそれは、明らかに「僕」の身体には場違いだった。
覚悟を決めて、着替え始めた。
スパッツとは違う、あからさまな身体の曲線。肩から背中へ走る直線的なライン、それを包む黒の生地。
僕の身体が、女性用の水着に無理やり押し込められていく。
着終えたとき、心臓が耳の奥でドクドクと鳴っていた。
自分の姿を見たくなくて、でも見なければ現実味が湧かなくて、鏡の前に立つ。
思わず息を呑んだ。
背筋を伸ばそうとすると、股間が引き上げられ、ぎゅっと締めつけられた。脚を動かすだけで、太もものラインが自分でも意識されて、情けないほどに赤面する。
「スパッツも恥ずかしかったけど…水着も想像以上だ…」
口から漏れた言葉が自分に突き刺さる。

でも――
プールサイドで、妊娠を控えた生徒さんたちが待っている。
誰かがやらなきゃいけない仕事で、でも僕にしかできない教え方がきっとある。
羞恥心は消えるわけがない。
ただ、それでも生徒さんの為に僕がある。
そう自分に言い聞かせて、僕はドアノブを握った。
生徒の涙
プールの水音が静かに響いていた。
スイミングのレッスンを受け持ってから数ヶ月、僕はいつものように深呼吸をしてから、更衣室の鏡の前に立つ。身体を包み込む黒の競泳水着は、やっぱりまだ慣れない。けれど、最初ほどの動揺はない。
少しだけ、目を細めて自分を見る。身体は少しずつ変わり始めていた。女性ホルモンの服用を始めたからか、肌がやわらかくなり、胸の下にうっすらと膨らみを感じる。日々の違和感とともに、僕の中の何かも確かに変わってきていた。

プールサイドに出ると、数人の妊婦さんが笑顔で手を振ってくれた。
「先生、今日もよろしくお願いします」
「今日ちょっと疲れ気味で…でも、ここ来ると落ち着くんです」
笑顔が、怖さや羞恥心を少しだけ和らげてくれる。それでも水面に映る自分の姿を見ると、息が詰まるような気持ちになるのは変わらない。けれどそのたび、あの言葉が胸に蘇る。
――先生がいてくれて本当によかった。
レッスンが始まり、僕はプールに入る。水が競泳水着越しに肌を撫でる感覚は、いつまでも慣れない刺激だった。
「呼吸を意識して、体をゆっくり水に任せてください…」
妊婦さんたちは、ゆっくりと水中を歩き、手を動かしながら呼吸を整えていく。僕もその中に溶け込むようにして動く。
そのときだった。
一人の生徒が突然動きを止め、顔を伏せた。
「……ごめんなさい。ちょっと、トイレに……」
でも、歩き出す足元がふらついていた。僕はすぐにそばに寄った。
「大丈夫ですか?」
「……先生、少しだけ、話してもいいですか」
更衣室横のベンチに座り、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「前の子、死産だったんです」
その言葉に、僕は一瞬、声を失った。
「この子は、二人目。大丈夫って思ってても、やっぱり不安で……」
彼女の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
「でも、先生が水の中で一緒に運動してくれると、少し安心できるんです。先生は、私たちに寄り添ってくれてるって……それが伝わってくるから」
その言葉を受け止めながら、僕の中に押し寄せてくるものがあった。
生徒を支えたいという気持ちと、自分の存在への違和感。そのどちらも、嘘ではない。
けれど、こうして誰かの不安や痛みに触れるたびに、僕はこの立場でよかったと、ほんの少しだけ思えるのだ。
「ありがとうございます、僕も少しでも皆さんの力になれたらって思ってます」
自分の声が震えていたのは、きっと気づかれていなかったと思いたい。
その夜、帰宅後にシャワーを浴びながら、自分の身体を見下ろした。
変わりつつある胸、柔らかくなった肌。女性ホルモンの影響は、確実に僕の中を変えている。
「僕も……生徒さんたちと、もっと同じ目線に立てたら」
そんな思いが、ふと口から漏れた。
数週間後、クリニックのカウンセリングルームで、僕は人工子宮の適合検査を受けていた。
「ホルモン値は安定しています。条件は十分。本人が望めば、人工子宮による妊娠も、将来的には可能です」
医師の言葉に、小さくうなずいた僕の心の奥には、もうひとつの新しい決意が芽生えていた。
いつか――僕も、命を育てることができるだろうか。
そう思えたことが、不思議と嬉しかった。
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