1week
50万円。たった2週間の実験に参加するだけで、それだけの報酬がもらえる。
大学の掲示板で見つけたそのバイトに、俺は迷わず応募した。条件は「心理実験に協力すること」。
何をするかは明かされていなかったが、楽なバイトならラッキーだし、少しくらい面倒でも50万のためなら耐えられるだろう。
指定された場所は、郊外にある立派な洋館だった。門をくぐると、広々とした庭と噴水、豪奢な扉が俺を迎える。まるで別世界だ。
「お待ちしておりました、お嬢様」
扉を開けるなり、メイド服を着た女性が深々とお辞儀をした。
「……は?」
俺は思わず聞き返すが、彼女は微笑むだけ。
「さあ、お支度をいたしましょう」
そう言うが早いか、俺は館の奥へと連れていかれた…。
【1日目——バカバカしい茶番】
俺はフリルのついた可愛らしいワンピースを着せられ、化粧まで施された。ウィッグまで被せられると、鏡の中にはまるで少女漫画のヒロインのような姿が映っていた。
「いや、こんなの無理だろ……」
スカートの裾をつまんでみる。軽く揺れる布の感触が妙にリアルで、寒気すら覚えた。
「実験のルールをお伝えしますね」
白衣を着た研究員らしき男が淡々と説明を始めた。
・2週間、お嬢様として生活すること
・本名は禁止。新しい名前は「アリス」
・夜、寝る前に鏡の前で30分間、「私は可愛い女の子」「綺麗になりたい」「女の子らしくなりたい」と自己暗示をかける事。
・毎晩、どれくらい“女の子になったか”を自己評価すること

俺は鼻で笑った。「ずっと0%に決まってるだろ」
その晩、寝る前のアンケートには大きく「0%」と書いた。
【3日目——違和感の始まり】
「アリスお嬢様、ご朝食の準備が整いました」
朝起きると、メイドたちが当たり前のように俺を迎える。寝ぼけたまま洗面台の前に立つと、鏡に映るのは昨日と変わらない少女の姿。
「お嬢様、今日はお花柄のワンピースはいかがでしょう?」
「うん、そうするよ。……あれっ、もう慣れてきた?」
気づけば、着替えに対する抵抗が減っていた。着せ替え人形みたいにされることに、最初ほどの嫌悪感がない。ドレスのふんわりした感触にも、メイドたちの世話にも、少しずつ順応していた。
一応、アンケートには「10%」と書いた。まぁこの生活に慣れただけだろう。
【5日目——スカートの裾を直す癖】
食事の前に、ある事に気が付いた。
椅子に座る時にスカートの裾をそっと直していたのだ。
「……え?」
意識していなかった。けど、自然とやっていた。
試しに立ち上がり、スカートを持ち上げる。違和感はない。むしろ、昨日よりしっくりくる。
「……まさかな」
でも、その夜のアンケートでは「30%」と書いた。
【7日目——スカートの揺れが心地いい】
庭を歩く。スカートの裾が風に揺れる。
最初はうっとうしいと思っていたその感覚が、今日は妙に心地よかった。
「お嬢様、歩き方がとても自然になってきましたね」
メイドが微笑む。俺は軽く笑い返して——ハッとした。
なんだ、このやりとりは? 俺は男なのに、なぜこんなに自然に「お嬢様」でいるんだ?
だが、もう否定できなかった。
アンケートには「50%」と書いた。
2week
【10日目——声が高くなった気がする】
「アリサお嬢様、お茶会に行きませんか?」
「うん……あっ」
思わず返事をして、口を押さえた。声が高い。
いや、違う。俺が無意識に、可愛らしい声を出していた。
最初の自分なら、「いや、行かねえよ」と乱暴に答えていただろう。でも今は、そんな言葉遣いが似合わない気がする。
ドレスを漂わせながら、やんわり弧を描くような声。ただのバイトだったのに、自然とそれをやってしまっている自分に気づいてぞっとした。
アンケートには「70%」と書いた。
【12日目——もう当然のこと】
「アリサお嬢様、このカーディガンはいかがですか?」
メイドの女性がミラーを見せてくれる。
「うん、このピンクのやつがかわいいかな」
素直に感想を言って、はっとした。
気づけば、カーディガンを选ぶことに抵抗感がない自分がいる。かわいいと思った物を選び、それを装いたいと自然に思ってしまう自分が。
「よくお似合いですわ」
メイドの女性の言葉を聞きながら、俺は何も言い返せなかった。
アンケートには「90%」と書いた。
【14日目——“俺”はもういない】
最後の夜、私は鏡の前に立った。
スカート姿の私。ウィッグのせいじゃない。目の前にいるのは、心から“女の子”になった自分だった。
「もう……戻れないのかな?」
——戻りたくないかもしれない。
そう思った瞬間、怖くなった。
最後のアンケートには「99%」と書いた。

【2週間後——私が最初に向かった場所】
報酬の50万円は後日振り込まれるらしい。
2週間ぶりの外の世界。化粧をしないのも、ひらひらの服を着ないのも久しぶりだ。
本来だったらまっすぐ家に帰っていたのだろう。
でも足は、自然と別の方向へ向かっていた。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、店員が笑みかけた。
「何かお探しですか?」
私は少し迷ってから、口を開いた。
「……私に合うファンデーションと、リップ…いやコスメ一式ください」
実験の後
2週間の実証実験が終わって数日が経った。
「……あれ?」
例の実験の報酬を確認するために口座を確認したのだが、約束の期日になっても、何も振り込まれていない。
そのままスマホを開いて、連絡先に登録してあった“実験の事務局”に電話をかける。……ツーツー、という音だけが静かに続く。
不安が喉の奥で泡のように膨らんだ。
次に向かったのは、あの屋敷だった。
坂道を登り、例の角を曲がる。鉄の門があったはずの場所には、ただ風に揺れる雑草と、壊れかけたブロック塀があるだけだった。
あんな大きな洋館が……どこにも、ない。
目の前の景色を疑って何度も瞬きした。グーグルマップで見ても、その住所は存在していなかった。
初日に送られてきたメールは跡形もなく消え、私のスマホには“アリサ”という名前のアカウントしか残っていなかった。
家に帰ろうとした。
だが、実家の住所にたどり着いても、そこは“他人の家”になっていた。表札には見知らぬ名前が書かれている。
警察に相談しようかとも思った。
だけど、財布に中にあった運転免許証を見て、膝が崩れた。

氏名の欄にはアリサと言う名前。性別:女。生年月日も、住所も、すべて知らない場所だ。
「……あれ?私って……」
鏡を見れば、そこに映るのは一人の女性。
愛らしい目元、丸みを帯びた頬。見慣れてしまったウィッグとメイク――いや、もうウィッグではない。
この髪も、このまなざしも、すべて“私”のものになっていた。
いや、元々“私”は“私”だった…よね…?
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目を閉じれば、あの日のアンケートが浮かぶ。
「あなたは、どれくらい女の子になりましたか?」
——これは、ただの物語じゃない。
あなたの中に眠る「彼女」が目を覚ます、最初の儀式。
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