女性限定レッスンに紛れ込んだ俺の末路

女性らしい体つき

ヨガマットを広げると、異変に気づいた。
普段なら男性の参加者もちらほらいるはずなのに、今日は俺以外、全員が女性だった。
 
スタジオの空気がいつもと違う。視線が突き刺さる。俺を見て、何かをひそひそと囁いている。

「……あの人、男性だよね?」
「でも……ほら、今の時代、ね?」
「あぁ、今は色んな人がいるもんね」

なぜか含みのある声が耳に残る。意味がわからない。
だが特に気にしない。俺はただ、ヨガをしに来ただけだ。

定刻になり、前に立ったのは見慣れない女性だった。

「みなさん、こんにちは。本日はいつものインストラクターの代わりに、私が担当させていただきます」

少し間を置いて、彼女はゆっくりと続けた。

「事前にHPで告知しましたが、今日は女性らしい体を作るヨガの特別レッスンを行います」

!?
俺の背筋がぞくりとする。

「本来は女性限定のクラスですが……今日は男性が一名いらっしゃいますね。でも大丈夫、今は多様性の時代です。男性でも女性らしい体を手に入れたい方はいますからね」

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

「一緒にくびれのあるウエストと、吊り上がったヒップラインを作っていきましょうね」

ふわりと微笑むインストラクター。その視線が俺に向けられる。

スタジオ内の空気が変わるのを感じた。周りの女性たちの視線が、俺を値踏みするように、興味を持ったように絡みついてくる。

「ち、違……!」

弁解しようとしたが、それを遮るようにインストラクターはにこやかに言った。

「恥ずかしがらなくて大丈夫ですよ」

彼女の言葉に、周囲の女性たちが頷く。

「うんうん、最初は恥ずかしいよね」
「でも、こういうのって楽しまなきゃ」
「私たち、全力で応援するよ!」

どんどん勝手に話が進んでいく。

違う。俺はただ、いつものレッスンを受けに来ただけなのに。

けれど、もう何を言っても無駄な気がして、口をつぐんだ。

「では、レッスンを始めましょう」

落ち着いたヒーリング音楽が流れ、インストラクターがゆっくりとした動作でポーズを取り始める。

「まずは胸を開くポーズから。しなやかなバストラインを作る効果がありますよ」

俺の動きがぎこちないのを見て、隣の女性がクスクスと笑う。

「大丈夫、大丈夫。続ければ自然と綺麗になっていくから」

何が『綺麗』なんだ。そう言い返したかったが、喉がつまる。

「次は、くびれを作るツイストポーズです」

ウエストを強くひねるポーズを取ると、インストラクターが満足そうに頷いた。

「女性らしいラインを作るためには、しなやかさが大事ですよ」

まるで俺が女になることを前提としているかのような言葉。けれど誰もそれを疑問に思っていない。

「これ、キツいですよね?」
「でもその分、女性らしい体になれるからね」

周囲の女性たちが俺に向ける視線は、妙に温かい。

「次は、女の子座りのポーズです。骨盤を整え、自然と足を閉じるようになりますよ。男性のからは少しぽきついポーズですが、頑張って下さいね」

俺はここに何をしに来たんだ?

汗がじわりと滲む。ヨガのせいなのか、場違いな状況に追い詰められているせいなのか、自分でもわからなくなっていた。

レッスンが終わると、女性たちが俺を取り囲んだ。

「お疲れさま!」
「すっごく頑張ってたね!」

拍手が起こる。まるで新しく仲間入りしたことを祝福するかのように…。

「この後、みんなでお茶しない?」

断らなければ。そう思ったのに——

「これからも、どんどん綺麗になっていこうね!」
「女の子になりたいんでしょ?」
「私たち、全面サポートするから!」

腕を引かれる。囲まれる。温かい声が次々と降り注ぐ。

違う、俺は――

けれど、その言葉は、もう喉の奥で引っかかって、出てこなかった。
このまま、戻れなくなってしまうとも知らずに。


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はまりゆく沼

「ねえ、あなた…お化粧、興味ある?」

振り返ると、そこには品のある女性が立っていた。細く通った鼻筋、艶やかな黒髪、落ち着いた気品が、言葉の節々にみられた。

「え、いや、俺は……」

「私、美容部員なの。今日のヨガ、あなた一生懸命だったし、きっと綺麗な女性になれるわ」

断るタイミングは、もうどこにもなかった。他の参加者も「行ってきなよ」「絶対勉強になるって」と背中を押してくる。俺が何か言う前に、彼女の手が俺の手をそっと包んでいた。

――彼女のマンションは白を基調としたおしゃれな内装で、テーブルの上には整然と並べられたメイク道具が鎮座していた。

「座って。リラックスしてていいからね。緊張してる?」

「いや……まぁ、ちょっと」

「ふふ、最初はみんなそう。だけど、化粧って不思議よ。鏡の中に映る顔が変わると、心まで自信が持てるの」

意味が分かるような、分からないような言葉。でも、その声音は心地よくて、まるで催眠術にかかっているようだった。

彼女は手際よく下地を塗り、スポンジでファンデーションを叩きこむ。冷たい感触と、肌に広がる違和感。

でも、不思議と嫌じゃなかった。

眉を少しだけ整え、淡いオレンジのアイシャドウがまぶたを優しく彩る。そしてリップ。

「……ちょっとだけ、ね。これは私のお気に入り」

艶のあるローズピンクのスティックが唇に触れる。

鏡を見た瞬間、呼吸が止まりそうになった。

そこにいたのは、確かに“俺”なんだけど、どこか違う。“男らしさ”が柔らかく溶けて、“中性的”な印象になっていた。

「……あれ、意外と……似合ってる?」

「でしょ? 言った通り」

「いや、でも……」

「ね、せっかくだし、ちょっと外の空気でも吸いに行かない?」

「え?」

「すぐ近くにカフェがあるの。私がよく行くとこ。メイクした顔で外を歩くと、もっと実感が湧くから」

「いや、それは……無理だと…」

「マスクもあるし大丈夫!せっかくのメイクを落とすのも勿体ないよ。ね?」

気づけば、手を取られていた。強くない、でも拒めない力だった。

そして数分後、俺はウィッグにマスクをして、足早にマンションのエントランスを後にしていた。カフェまでの道のりはやけに長く、周囲の視線が痛かった。でも、隣の彼女たちは、まるで“仲間が増えた”かのように嬉しそうに笑っていた。

カフェでは、俺に似合うドリンクを勝手に選ばれ、写真を撮られた。「この角度が盛れるのよ」なんて言われながら…。

でも、一番怖かったのは、その写真に映る“俺”が、妙にしっくりきてしまっていたことだった。

「服も少しずつ変えていこうよ。見た目が整うと、気持ちも変わるから。あのヨガレッスンの生徒さんにアパレルの店員さんもいるから、今度相談しといてあげるね!」

次の予定なんて、聞いてもいないのに、勝手に“変身の段取り”が進んでいく。

俺はただ、曖昧に笑って、曖昧に頷いた。

あのヨガに参加したのが、すべての始まりだった。
俺の中の“男らしさ”は、あの日の汗と一緒に、静かに流れ落ちていったのかもしれない。

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