友人からのプレゼント
「最近、海外で流行ってるフィメールマスクって知ってる?これこれ。」
友人から貰った誕生日プレゼントは一風変わった物だった。いわゆる女性の顔の被り物で、それが超精巧につくられたマスクだ。これがまたリアルすぎて引くレベル。毛穴まで再現されていて、本物の顔なんじゃないかと一瞬疑ってしまうくらいだ。
「せっかく貰ったんだし試しに被るってみるか」
そう自分に言い聞かせて、マスクをそーっと頭に被った。柔らかいシリコンが顔にフィットする感触。ちょっと気持ち悪い。鏡を覗くと、そこには…
「うおっ!?誰だこれ!?俺かよ!」
見知らぬ美女がこちらを見返してくる。手で触れてみても、どうやらこの顔が本当に俺らしい。こんなのが海外で流行っているのか、そういう趣味の方は楽しいのかもな。そう思って剥がそうとした時、掴むべき端が見当たらない。あれ?あれ?マスクと自分の皮膚が一体化している!?
マスクの端だった箇所にガムテープを貼って剥がそうとしても、水に濡らしても一向に剥がれそうにない。
非常に困ったのだが、こんな時、楽観的な自分の性格がありがたい。とりあえず夜も遅いし一晩寝て考える事にした。
翌日。
「腹が減ったな、この顔のままコンビニ行くか」
男物のTシャツとジーンズで何とか誤魔化そうとしたけど、道行く人の視線が痛い。女性の顔に男の服では違和感しかないだろう。帰宅後、悩んだ末に通販で女性用の服を探し始めた。
「どうせなら、それっぽい格好した方がマシかも…」
届いた服を開けると、これがまた華やか。胸に大きなリボンがついたワンピース。袖口は袋状になった、いわゆるパフスリーブになっている。これだと肩幅が誤魔化せるのでは?という考えからだ。
さっそく袖を通してみる。
「おいおい、俺はどこに向かってるんだ?」

恥ずかしさで顔が火照るが、これが意外と似合ってるから困る。多少体はいかついが、Aラインのシルエットが良い感じに男の体格を隠してくれる。スカートの裾がふわっと揺れるたびに、自分じゃない誰かになった気がする。
仕事?いや、今は無理だろ。こんな顔で行ったところで信じて貰えない。俺は長期入院という事で会社に電話をした。
「休職ですか、分かりました。ところであなたはどういったご関係ですか?」
えっ!?気づいたら声まで女性の様に高くなっている。
「あっ、私は彼の婚約者です。彼は今、薬の副作用で眠っていて…」
疑ってはいたが、何とか誤魔化せたみたいだ。
「とは言ったものの、これからどうすれば…」
そう呟いた矢先、ドアをノックする音がした。誰も訪れる予定なんてないのに。恐る恐るドアを開けると、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。
「お困りのようですね」
彼女はそう言いながら名刺を差し出した。そこには見慣れない企業名と「特殊変身体験モニター担当」の文字。
「ちょっと待て。これ、まさかモニタリングされてたのか?」
言葉を失った俺に、彼女は続けた。
「あなたのマスクは、特別なものでして。外れない理由も、あなたが選ばれた理由も、いずれお伝えします。ただし、その前に…あなたにはやるべきことがあります。あっ、ちなみにあなたのご友人には、こちらからお願いをして協力していただいたんですよ」
俺は呆然としたまま彼女を見つめた。このマスクに隠された秘密が、俺をさらに奇妙な世界へ引き込んでいくことを、そのときはまだ知らなかった。
モニターとしての役割
彼女の名刺を握りしめたまま、俺は部屋の中でしばらく硬直していた。「特殊変身体験モニター担当」なんて肩書き、何の冗談だよ。だけど、どうにも真剣そうな彼女の表情が頭から離れない。
「それに…やるべきことって、何だよ…」
数日後、指定された喫茶店に向かった。彼女との待ち合わせだ。外を歩くのは相変わらず恥ずかしいが、通販で揃えた女性服が功を奏しているのか、視線の痛さは少しマシになった。それでもスカートの裾が揺れるたびに「俺、大丈夫か?」と自問する。足元のパンプスがカツカツと鳴る音が、緊張をさらに煽る。
「お待ちしておりました」
喫茶店に入ると、彼女がすでに席についていた。テーブルにはコーヒーが二杯。俺が座ると、彼女は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「まずは、あなたの状況についてお話しします」
静かながらも強い声。俺は息を呑んだ。
「あなたの身に起きていることは、単なる偶然ではありません。このマスクは試作品であり、あなたが選ばれたのは適性があったからです。ただし、この適性には責任が伴います。」

「責任って…どういうことですか?」
彼女はカバンから資料を取り出した。そこには「プロジェクトF」と書かれたタイトルがあった。
「このマスクの開発目的は、ただの娯楽ではありません。『性の境界線を越える』事が目的です。あなたには、これを身につけた状態で生活し、その中で得た経験や感想を共有していただきたいのです」
「経験を…共有?」
「そうです。このマスクは、見た目を変えるだけではなく、使用者の心境や周囲の反応を変える力があります。それがどのように影響するかを、あなた自身が体験し、記録していただきたいのです」
俺は少し混乱していた。確かに、この状況は普通じゃない。でも、だからといって、それを記録するなんて…。
「具体的には、日常生活を送る中で気づいたことを報告していただきます。どんな些細なことでも構いません。そして最も重要なのは…」
彼女は一瞬言葉を切り、俺を真っ直ぐ見つめた。
「自分自身が、この変化の中で何を感じ、どう生きようとするのか。それを記録することです」
「記録って…どうやって?」
「ブログやSNSを活用してください。今の時代、個人が発信する力は非常に大きいです。あなたの体験が、誰かの新たな一歩を後押しするかもしれません」
俺は言葉を失った。確かに、それは意義深いことかもしれない。でも俺には、自分自身のことで手一杯で、そんな余裕なんて…。
「もちろん、すぐに完璧を求めるつもりはありません。まずは、あなた自身がこの状況を受け入れるところから始めましょう。それが、あなたの『やるべきこと』です」
「それに…、もちろん報奨金もご用意しております。あなたが一生働いても稼げないぐらいの額を…」
俺は彼女の言葉を飲み込みながら、心の中で問いかけていた。これは本当に俺がすべきことなのか?でも、彼女の真剣な眼差しに背中を押されるような気もする。
「分かりました。やってみます」
俺の返事を聞いた彼女は、微笑んでこう言った。
「新しい世界への第一歩ですね。これからもサポートしますので、安心してください」
そうして俺は、この奇妙で不安定な「新しい人生」を少しだけ前向きに捉え始めた。だけど、このマスクがもたらすさらなる波乱が、俺を待ち受けているとは、このときまだ知る由もなかった…。
初めてのランジェリーショップ
「そろそろ下着も何とかしないと…」
日に日に体の変化を感じるようになった。最初は顔だけだったのに、いつの間にか首筋や肩のラインが華奢になり、手足の骨ばった感じも薄れてきた。何より違和感を覚えたのは、胸元の膨らみだ。
最初は気のせいかと思った。しかし、今はもう「膨らんでる」としか言いようがない。少しずつだが、確実に女性の体に近づいている。
そうなると、問題は今のままの格好では済まなくなるということだ。特に、胸が揺れる感覚が気持ち悪いし、服の下で擦れるのも落ち着かない。このままじゃ外を歩くのも気が引ける。
「……買いに行くか」
通販で済ませようかとも思ったが、サイズが分からないし、返品も面倒だ。それに、店で実際に見て買った方が間違いないだろう。問題は、「どうやって選べばいいのか」だった。
男の俺が、下着売り場に足を踏み入れる日が来るとは…。
店に入った瞬間、帰りたくなった。ピンクや白を基調とした可愛らしいデザイン、レースやリボンがあしらわれた商品が並ぶ光景は、どう考えても「場違い」だった。
「えっと、どこを見ればいいんだ?」
ウロウロしていると、店員の女性が優しく声をかけてきた。
「何かお探しですか?」
「えっ!?いや、その…」
どもった。怪しまれるだろうかと心配になったが、店員は特に気にする素振りもなく、にこやかに続けた。
「サイズを測りますか?」
「いや、その……じゃあ…お願いします」
「かしこまりました。ではこちらで……。腕を軽く上げて下さい……。はい、大丈夫です。少々お待ち下さい」
そして彼女は手際よく商品を選び、サイズが合う商品を俺に勧めてくれた。丁寧な接客に少し安心しつつも、若干の違和感を覚える。…まるで、本当に女性として扱われているみたいだった。
試着室に入る。
鏡の前で服を脱ぎ、選んだブラジャーを手に取った。淡いピンクのシンプルなデザイン。意を決して腕を通し、ホックを留める。…想像以上にしっくりくる。
ふと鏡を見た。
「……っ!」
思わず息を呑んだ。
そこに映っていたのは、完全に女性の体つきをした自分だった。細い肩、柔らかな曲線を描く鎖骨、自然に膨らんだ胸…。
「これ、本当に俺…?」

違和感しかないはずなのに、不思議と馴染んでしまっている。自分の体なのに、まるで別人のように見えた。
このマスクをつけてから、見た目だけが変わったと思っていた。でも、それだけじゃない。体も、そして心も、何かが少しずつ変わっていっている気がする。
現実から目を背けることはできなかった。
試着室を出て、選んだ下着をレジに持っていく。店員は特に驚くこともなく、普通に対応してくれた。
「ありがとうございました。またお待ちしておりますね」
その言葉に、なんだか少し救われた気がした。
帰宅後、ベッドに寝転がりながら、今日の出来事を振り返った。
「下着を買っただけなのに、なんでこんなに疲れたんだ…」
でも、なんだろう。最初は恥ずかしくてたまらなかったけど、終わってみれば、そこまで悪い気分じゃなかった。むしろ…。
「まるで、普通のことのように感じてしまった…」
そんな自分が、一番怖い。
俺はスマホを手に取り、SNSの投稿画面を開いた。
『初めての下着購入。正直、めちゃくちゃ恥ずかしかった。でも、店員さんは普通に対応してくれたし、試着してみたら意外としっくりきたのが何よりの衝撃。自分が変わっていくのを、実感する日々。』
投稿をためらう。こんなことを発信して、どう思われるだろうか?
でも…。
意を決して、投稿ボタンを押した。
しばらくすると、スマホが軽く震えた。通知だ。
『いいね!』
たった一つの反応。それだけなのに、心が妙にざわついた。
エスカレートする投稿
最初は購入した洋服やその日の食事、生活で気付いた事を投稿していた。たった一つの”いいね”が嬉しかった。
しかし、それでは段々と物足りなくなってきてしまう。もっと反応が欲しい。フォロワーが欲しい。
その数字を追い求めて、SNSの投稿が過激になっていき、俺の日常はさらに奇妙な方向へと進んでいった。最初は肩紐が見える程度のキャミソール姿。ルームウェアのショートパンツ。そして、ついには鏡越しにランジェリー姿の写真を撮ってアップするようになった。
「ちょっとやりすぎか?」
そう思わないわけじゃなかった。けれど、写真を上げるたびに増えていくフォロワーとエンゲージメントが、俺の理性を鈍らせていく。いいねやコメントが雪だるま式に増えていくのを見ると、妙な達成感があった。まるでゲームのスコアを伸ばすような感覚だ。
「次はどうすればもっと伸びるかな…」
そんなことを考える自分が、少し前の俺からは想像もつかない。最初は「記録」として始めたはずなのに、いつの間にか数字を追いかけることに夢中になっていた。メイクを濃くしてみたり、胸元が強調される服を選んだり。写真を撮るたびに、鏡に映る自分がどんどん遠い存在になっていく気がした。
最初はマスクを被り、顔だけの変化だったのが、体や声も変化していき、今や心まで”女性”に浸食されていた。
――その姿をモニタリングする人々。
「被験者No.008、予想通りの経過ですね。」
暗い部屋の中、モニターを見つめる「特殊変身体験モニター担当」の女性が静かに呟いた。

「第二段階における心理変化の進行速度は過去の被験者とほぼ一致。SNSを通じた自己承認欲求の増大、それに伴う女性性の受容。やはり、環境が人を作るのですね。」
「このまま第三段階に進めますか?」
「ええ。ただし、次の段階では少し…刺激を強めましょう。」
モニターには、ランジェリー姿でスマホを構える主人公の姿が映し出されていた。彼はまだ知らない。このまま進んでいけば、もう後戻りできないところまで変わってしまうことを――。
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