好奇心の代償
カチ、カチカチ……
キーボードを打つ音が、誰もいなくなったフロアに響く。
定時を過ぎたオフィスの空気は、昼間とは別物だ。静かすぎて、やけに心臓の音が響いてる。
——届いてしまった。
なぜあのとき、送り先を確認しなかったのか。
目の前の段ボールには、俺の名前と会社の住所がしっかりと印字されていた。
俺の誰にも言えない秘密の趣味……女装。
ネット通販で見つけた新作の可愛らしい下着を購入してしまった。
自分用に買うのはもう何度目か…。サイズも把握している。
こういうものは少しでも早く開封したい衝動にかられる。
それが普段働いているオフィスなら、ギャップも相まって、その興奮はより一層高まる。
だからこそ間違って会社の住所で買ってしまったことを悔やんだ。
リスクよりも欲情を取ってしまう自分を止められないと知っているから…。
もう一度周囲を見渡し、誰も残っていないことを確認する。
ビリビリとガムテープを剥がしていく。
段ボールの中から出てきたのは、上品なレースであしらわれた、真っ白なブラと、サテン地で艶のあるショーツ。
俺は喉を鳴らし、そっと手に取った。
指先に伝わる質感——やわらかく、滑らかで、軽くて、どこか温かい。
本当は家でじっくり確認するはずだったのに、こんな状況で触れてしまったことに、罪悪感と刺激が交錯する。
「先輩、それ……誰のですか?」

ビクッ。
まるで背中を撃たれたみたいに、体中に電気が走る。
ゆっくり振り返ると、そこには——俺の部の直属の後輩の女子社員がいた。
忘れ物を取りに戻ったという、俺の後輩の女子社員。
元アパレル店員で半年前に中途入社した。俺が教育係を任され、メイクも服も、ちょっと派手で目立つ彼女を、どこか下に見ていた。
「正直に答えて下さい。それは自分で着る為に買ったんですか? 下手に言い訳をしたら、すぐに女子社員に噂を流します」
「うっ……じ……自分用に……」
「小さくて聞こえません。まずはこのフロアの女子社員に……」
「自分用に買いました」
彼女の瞳がじわりと細まり、口角が吊り上がる。
その顔には好奇心と、ちょっとした支配欲が混じっていた。
「安心してください。正直に言ってくれたので誰にも言いませんよ? でも……その代わり、私の言うこと、聞いてもらえますよね?」
次の日。
俺はスーツを着て、いつも通り出社した。
セミオーダーで仕立てたスーツとスラックス。裏地にストライプの生地をあしらった、お気に入りの一着だ。
中に着たシャツもアウトレットで購入したものだが、有名ブランドの物だ。
その下には——昨日届いたブラジャー。スラックスの奥には、あのショーツ。
——違和感が、ヤバい。
ブラのワイヤーが時折胸をこすり、シャツ越しに微かに透けるレース。
誰かが気づいてるんじゃないかと、心臓がバクバクする。
歩けばパンティラインが浮かびそうで、自然と足取りが小さくなる。
「先輩、ちゃんと着てきてくれて、えらいですね♡」
彼女が耳元で囁いたとき、ぞくりと背筋が震えた。
微かに耳をかすめた彼女の吐息に、心が一瞬、浮きかけた。
『口止めの代わり』
その言葉が、もうただの口実に思えてならなかった。
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