白いドレスがほどけるとき

モデルの依頼

純白のドレスは驚くほど軽やかだった。袖口から指先へと流れるレースはまるで繊細な波のようで、腕を少しでも動かせばふわりと空気をはらんで揺れる。上半身を締め上げるコルセットは僕の体を優しく包み込むようだった。

「バックショットだけでいいから」と頼まれたはずだった。友人の写真展、そのための花嫁モデル。ほんの後ろ姿を撮るだけ、顔は映らないから問題ない、と言われて僕は渋々了承した。それなのに、控え室に通された途端、プロのメイクさんが現れ、言葉巧みに僕を座らせた。

「せっかくだから、ちゃんと仕上げておきましょうね」

そう言って手際よくファンデーションを塗られ、チークを乗せられ、睫毛を上げられていく。鏡の中の僕は、どんどん”花嫁”に仕上がっていった。

唇に淡いピンクのルージュが乗せられた瞬間、背筋がぞくりと震えた。

こんなの、おかしい。でも、違和感よりも先に浮かんだのは――綺麗だ、という感覚だった。

試しに鏡の前で立ち上がる。足元のシフォンがふんわりと広がり、レースの裾がブライダルシューズの上にかかる。歩くたびに柔らかな布が足に絡み、かすかに擦れる音が聞こえた。鏡の中の僕は、まるで本物の花嫁みたいだった。

「そろそろ撮影に入りますよ」

スタッフの声がして、僕ははっとした。

——今、僕は何を考えていた?

戸惑う気持ちを隠しながら、指先でドレスの生地をそっと撫でる。柔らかく、しっとりとした手触り。こんなにも繊細な布を身にまとったのは初めてだった。

スタジオに移動すると、カメラマンが光の角度を調整しながら指示を出す。「はい、そのまま。肩を少し傾けて……」

レンズが僕を捉える。

シャッターが切られる。

ふと、僕は思う。もし今ここに、花嫁を迎えるべき「誰か」がいたら——。

次の瞬間、カメラマンが少し笑いながら言った。

「いい表情してるね」

僕は何も言えずに、ただレンズの向こうを見つめた。

――この気持ちは、なんだろう。

撮影が終わり、控え室に戻る。メイクを落とそうとした手が、不意に止まった。鏡の中の僕は、見違えるほど綺麗だった。指先で頬を撫でる。サラリとした肌に、心がざわめく。

ドレスを脱ぐ前に、試しに一歩、二歩と歩いてみた。シフォンが揺れ、レースがふわりと広がる。

――これが、女の子の世界。

喉の奥に甘い感覚が広がった。

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