怪しい占い師
休日出勤。もはや休日の意味を失った言葉。俺は淡々とカレンダーを睨みつけ、ため息と一緒にスーツを羽織った。仕事も、恋愛も、何もかもがうまくいかない。生きる意味って、どこで売ってるんだろうな。
帰り道、ふと足が止まった。路地裏に佇む、古びた占いの館。薄暗い灯りが、吸い込まれるような不思議な雰囲気を醸し出していた。
俺はふらりと扉を押した。
カラン、と鈴の音が鳴る。中は思ったよりも狭く、古びた絨毯の上に木のテーブルと椅子がぽつんと置かれていた。壁には意味のわからない模様が描かれた布が掛かっている。奥の方には、蝋燭の灯がゆらゆらと揺れていた。
「……占い、できますか?」
俺が声をかけると、奥から女が現れた。年齢はわからない。どこか人形めいた顔立ちで、艶のある黒髪をゆっくりと揺らしながら、俺の前に座った。
「もちろんです……。あなたの心を視てあげましょう」
どこか艶のある声だった。じっと見つめられると、逃げ出したくなるような気分になる。俺は小さく息を吐いて、適当に椅子を引いた。
「仕事が上手くいかなくて……。俺、何がしたいのかわからないんです」
言葉を選びながら話し始めた。毎日無意味に感じる仕事。休日も潰れるのに評価はされず、疲れが溜まるだけの日々。恋愛もうまくいかない。そもそも、女といても落ち着かない。どこかでズレている気がして、いつも終わりが見えていた。
「あなたは、あなた自身の形に囚われすぎているのよ」
「大切な心の治療をしましょう」
そう言って、占い師は一本の蝋燭に火を灯した。静かに揺れる炎を見つめる。燃え尽きそうで、でも確かにそこにある光。
その瞬間だった。
身体が熱い。芯から溶けるような感覚が押し寄せ、指が勝手に震えだす。喉が焼けるように熱くなり、息を吐いた瞬間、声が変わった。細く、高く、柔らかく――俺のものではない女の声が、俺の口からこぼれる。
「っ……!」
驚いて自分の喉を押さえる。その指が、異様に細くて、白い。見慣れたはずの手が、どこか他人のもののように頼りない。爪も細く、華奢な形をしている。
足元がふわりとした。スーツのズボンの中で、太ももが滑らかになっていくのがわかる。肌と肌が触れ合う感触が違う。腰のあたりがきゅっと絞られ、逆に胸元がじわじわと膨らんで――
「嘘だろ……」
恐る恐る胸元に手を伸ばした。柔らかい。自分の身体にこんな感触があるなんて、考えたこともなかった。掌で包み込むと、ふにっと沈む弾力。息が詰まる。何かを確かめるように肩をすぼめると、細くなった鎖骨がわずかに浮き上がった。スーツの襟元が合わない。ぶかぶかだ。俺の身体が、変わってしまったから。

脚を動かすたびに、内ももが擦れる感触が妙に生々しい。細くなった足首。指先の動きすら、ひどく繊細で、女らしい。俺は――俺は、女になったんだ。
「大丈夫。これはあなたの心が真に望んだこと……」
占い師は微笑む。俺は何かを言おうとして、言葉が出なかった。声を出せば、認めてしまう気がした。震える手で蝋燭の火を消そうとした。しかし、炎は消えない。ただ静かに揺れて、俺の内側を溶かしていく――
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