ネイルがきっかけで変わる俺の日常
「お願い、ちょっと練習台になって?」
その言葉に逆らう理由はなかった。彼女はまだまだ駆け出しのネイリスト。自分も彼女の助けになりたい。甘皮処理と表面を磨くだけならと軽い気持ちで頷いた。ネイルに興味はないけれど、彼女の頼みなら二つ返事でOKだ。
せっせと準備をする一方で、夜勤明けだった俺の瞼は重く、指先を委ね、まぶたを閉じる。彼女の柔らかな手が俺の爪を包み込み、細かな作業を進めていく。甘皮が押し上げられ、優しい筆のような何かが爪の表面を撫でる。気持ちが良くて、まるで波の音に誘われるように眠りへ落ちた。
──何分経っただろうか…。目が覚めると、指先が光を反射していた。
呆然とする俺の視界に、繊細なラメが瞬く。爪の先には、透き通るような桜色のベースに、きらめくストーンが散りばめられている。
「……えっ?」
反射的に手を引っ込め、まじまじと爪を見つめた。いや、待て、これは、まさか。
「おはよー。お姫様、よく眠れた?」
「お姫様!? 俺が!?」

まるで魔法でもかけられたような仕上がりに、頭がついていかない。爪をひっくり返し、光の角度を変えて眺めても、現実は変わらない。これは完全に女性がするようなネイルになっている。
「いやいやいや、何これ!? 甘皮処理だけじゃなかったの!?」
彼女の瞳がいたずらっぽく細められる。指先をそっと撫でられた瞬間、ぞくりとした感覚が背筋を這い上がる。
「せっかくだから、もうちょっと遊んでみない?」
その言葉に、嫌な予感が全力疾走でこちらへ向かってくるのを感じた。
「可愛い爪にしたんだから、似合う格好もしないとね?」
そんなの冗談だろうと笑おうとしたのに、声は乾いた空気に溶けたまま出てこない。
鏡の前に立たされ、彼女の手が俺の髪をそっと撫でた。
柔らかな布が肌を滑る。ふわりと広がるスカート、レースの縁取り。
「ほら、似合うじゃん。お姫様デビューだね!」
「ははは……って笑えないんですけど!?」
鏡の向こうにいるのは、俺じゃない。
瞬きするたび、指先の輝きが揺れる。そのたびに胸がざわついた。
まるで、何かが目覚めるような──。
鏡の中の新しい自分
結局、彼女は俺のネイルをそのままにして帰っていった。
だけど流石に彼女が1時間以上費やした”作品”を簡単に外す訳にもいかず、しばらくはこのネイルのまま生活をする事となった。
――ふと、ペットボトルの蓋を開けようとしてハッとした。
爪が割れるのが怖くて、力の入れ方を変えていた。親指の腹にそっと力をこめて、優しく回す。あれ? こんなふうに手を使ったこと、今まであったっけ。
「……なんか、仕草が女の子っぽい……」
カチ、カチ……と爪がコップに当たる音にさえ、ドキッとする。髪をかきあげる時も、スマホを触る時も。爪があるだけで、仕草が自然と柔らかくなっていた。
最初は気持ち悪いって思ったのに──今じゃ、ふとした瞬間に眺めてしまう。ツヤめく爪先。ラメの中で光る自分の指。
外出時はポケットに手を突っ込んで隠してた。でも、コンビニのレジでつい指を伸ばした時、レジの女の子が爪を見て「わぁ!可愛いですね」と微笑んでくれた。その瞬間、心のどこかがふわっとほどけた。
『可愛いって言われるの……嬉しいな……』
それからだった。
俺の部屋には彼女が置いて行った服が数着、クローゼットにしまってある。
今までは何も気にしていなかった服。今は――。
クローゼットの扉を、そっと開ける。ふわりと香る柔軟剤と香水の混じった匂い。ひとつ、またひとつ。彼女のワンピースをそっと肩に通す。ひんやりとした布が、肌を滑る感触。レースが胸元に触れ、ゾクリと背筋が震えた。
「……なにやってんだ、俺……」
そう呟きながらも、俺の鼓動は早くなっていった…。
ネットで、コスメを購入した。ドラッグストアで肌に合うファンデーションを探し、リップの色を試した。最初は冗談半分だった。でも、気づけばその顔に、真剣な眼差しが浮かんでいた。
鏡の前で何度もポーズをとってみた。手首を返す角度、脚の閉じ方、歩き方。すべてが不器用で、だけど楽しかった。
自分の姿が、だんだんと“あっち側”に近づいていく。もう、ただの趣味じゃなかった。心の奥が熱くなる。知らない自分が、爪の先から芽吹いてくるようだった。
その夜は、鏡の前でスカートをひらりとさせながら回った。レースの裾がふわっと舞い上がり、ふとももに触れる感触がやけにリアルで、恥ずかしくて……でも、気持ちよくて。
──そして、その日が来た。
ガチャ、とドアが開く音。
「えっ!?」
慌てて服を脱ごうとした指が、キラキラの爪を震わせた。

「……ああ、やっぱり」
そこにいた彼女は、驚きも呆れもなく、にっこり笑っていた。
「やっぱ、目覚めちゃったんだね」
頭にカァァァッと血がのぼる。恥ずかしくて、涙が出そうだった。でも、彼女はそっと俺──いや、私の手を取って、言った。
「その格好に似合うネイルにしてあげる」
頷くと、胸の奥がキュッと締めつけられた。けれど、それは嫌な痛みじゃない。
ネイルを塗り直してもらいながら、彼女は目を細め、じっとこちらを見つめてくる。
「ねぇ、どうして女装しようって思ったの?」
その問いに、思わず言葉を詰まらせた。
「えっと……なんで、っていうか……爪が可愛くなったら、なんか……その……」
「『なんか』じゃわかんないな~」
唇の端を上げて、彼女はさらなる質問を重ねてくる。
「初めて私のワンピース着た時、どんな気持ちだった?」
「……すごく、ドキドキした。レースの感触が、いつもの服と全然違って……変だけど、自分の肌が、違う誰かのものになったみたいで……」
「ふーん……気持ちよかった?」
「それは……少し……いや、けっこう……」
彼女は嬉しそうに笑い、次にネイルのストーンを慎重に並べながら、また訊ねる。
「化粧はどうしたの? あたし、教えてないよね」
「……ネットで動画、いっぱい見た。あと、ドラックストアで……こっそりテスター試したり……」
「そっかぁ、本気で女の子になりたいんだね」
囁くようなその声に、胸の奥がじんわり熱くなる。
彼女の指が、そっと仕上げた爪を撫でた。
「大丈夫。私は今までと変わんないよ。それよりも服とか化粧品とか共有できるし、双子コーデでお出掛けできるし、楽しみだなぁ。色んなネイルも試せるしね」
レースの袖が揺れる。リップの香りが鼻先をくすぐる。鏡の中の“私”が微笑んだ。
もう、ネイルをしてない指先には戻れない。
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