旅館予約と、ニットの肌ざわり
親友と二人、温泉旅館へ行く計画を立てたのは、なんとなくの思いつきだった。春休み、どこかへ行きたいなと呟くと、親友が即座に安くて評判の良い旅館を予約してくれた。車の手配まで抜かりなく、お姉ちゃんの車を借りてきたという。
温泉地に近づくにつれ、車内の空気は弾んでいた。道の駅で買った饅頭を頬張りながら、旅館の住所を確認しようとスマホを開く。予約履歴を見て、指が止まった。
『マタニティプラン』
一瞬、脳が理解を拒んだ。
「……なあ、これ」
スマホの画面を突きつけると、親友は目を瞬かせる。
「あれ? 本当だ、間違えたかな」
そんなはずがあるか。親友は抜けているように見えて、こういう予約関連は妙にきっちりしているのを俺は知っている。
宿を探している客を装い、他に空きが無いか確認をしたが、連休ということもあり満室。周辺の宿を探しても、どこも埋まっていた。
「……しょうがないな」
親友がやれやれと肩を竦める。
「お前、小柄だし女装してくれないか?多分大丈夫だよ」
抗議の声を上げようとした瞬間、親友はふっと笑い、お姉ちゃんの車の後部座席を開けた。
そこには、明らかに新品のレディース服一式があった。
「それ…お姉ちゃんの忘れ物……じゃないよな?」
「さぁー?姉ちゃんが買って、車に置いたままにしたんじゃないかぁ?」
しれっと言いながら、親友は白いニットワンピースを取り出す。柔らかいモヘア素材で、触れるだけで温もりが伝わる。
「お前なら似合うと思うんだけどな」
言葉とは裏腹に、その目は俺を試すように揺れている。
抵抗したところで、他に選択肢はない。
「あっ、ちゃんと中にこれつけなよ」
渡されたのはブラとパッドだ。
「は?これは必要ないだろ!?」
「念の為だよ、念の為!」
旅館の駐車場で、俺は震える手でブラと服に袖を通した。締め付けられる上半身とレースの感触。更にモヘアの柔らかさが肌を撫で、ストッキングを伝う冷たい空気にゾクリとする。
「うん、似合ってるから大丈夫!」
親友が俺を眺めながら、口角を上げた。
頬が熱くなり、反射的に裾を握る。
旅館へ向かう道すがら、俺の鼓動は妙に高鳴っていた。
ふと、横目で親友を盗み見る。
……本当に予約を間違えたのか?

お姉ちゃんの車にこの服があったのは、本当に偶然か?
俺の胸元で、柔らかなモヘアが静かに揺れた。
湯の香と、首筋に触れる指先
浴衣の内側がじんわりと温かい。
温泉の熱がまだ体の芯に残っていて、頬も耳も、どこか火照っていた。
「悪かったって。全部俺のせいだしさ…ほら、マッサージでもしてやるよ」
親友が気まずそうに笑って、俺の背中に軽く手を伸ばす。
畳にうつ伏せになった俺の浴衣が、肩口から少し開いて、肌にひんやりとした空気が触れた。
指先は、ただ真面目に、優しかった。
温泉でゆるんだ肩をほぐすように、ぐっと押して、撫でる。
でも、だんだんとその手が、首筋の方へとずれてきた。
「んっ……」
耳の後ろをなぞった指先に、びくん、と体が跳ねた。
自分でも驚くくらいの反応だった。
くすぐったさとは違う、何か深いところを揺さぶられるような感覚。
それを察したのか、親友の手がふと止まる。
一拍の沈黙。
目を合わせるのが怖くて、顔を伏せたまま呼吸を整えていると、彼は何も言わずに、また動き出した。
ただし、さっきよりも――ゆっくりと、丁寧に。
「……」
肩を押す指が、首の後ろを撫で、鎖骨の上を親指がゆっくり円を描く。
浴衣の合わせ目がずれ、胸元の肌がじわじわとあらわになるのを、俺は気づいていながらも、止められなかった。
「お前の肌、柔らかいな……女の子みたい」

親友がぽつりと呟いた。
冗談のようで、でも声のトーンには、確かに熱があった。
問いかけられたのに、俺は何も答えられず、ただ指が鎖骨から下へ、滑っていくのを感じていた。
今度は背中。
腰のあたりに手が回り、浴衣越しに骨盤を押す。
そのとき、彼の膝がそっと俺の太ももに触れて、息が詰まった。
気のせいじゃない。体重を少しだけ、かけてきてる。
「……も、もう大丈夫。ありがと…」
やっとのことで声にすると、彼の指が名残惜しそうに止まる。
けれど俺は、振り向けなかった。
顔を見たら、きっと――何かが変わってしまう気がしたから。
浴衣の裾を戻しながら起き上がると、背後からじっと見つめる視線を感じた。
その視線に、肌がまた火照る――。
胎動のような夜、嘘のまま眠る
布団の上に腰を下ろしたまま、襟元をゆるく整える。
浴衣のあいだから覗いた首筋を、まだ親友の指の感触がかすかに撫でている気がした。
息が熱を帯びていた。湯上がりの火照りと、あのマッサージの余韻と…。
それだけじゃない。さっきから、腹の奥がずっとざわめいている。
まるで――中で、小さな生きものが指先で内側を撫でているような。
そんなはず、ないのに。
「……なんか、さっきから、変な感じする」
ぽつりと呟くと、隣にいた親友が浴衣の袖をまくって、俺の脇腹に手を添えた。
「どんな感じ?」
低く問うその声に、思わず肩が跳ねる。
「……胎動、みたいな……って、俺、なに言ってんだ」
恥ずかしくて顔をそらす。けれど親友は笑わなかった。
ただ「そっか」とだけ言って、手をそっと離した。
そのとき、障子の向こうから控えめに声がした。
「ご夕食のご用意が整いました。お部屋までお運びしても?」
旅館の女将さんらしい。どこか柔らかな声音だった。
俺が返事をするより先に、親友が立ち上がって襖を開けると、
女将さんが俺の顔を見るなり、やさしく目を細めた。
「あら……無理なさらないでくださいね。妊婦さん、夜は冷えるから」
「えっ……」
思わず声が漏れる。
でも女将さんは当たり前のように俺を見て、にこやかに言葉を重ねた。
「お腹を冷やさないように、湯豆腐は一番にお持ちしますね」
――完全に、そういう目で見られてる。
ちらりと親友を見ると、悪びれもせず湯呑みにお茶を注いでいた。
俺は黙ってその湯を受け取り、唇をつけた。
妄想のはずの胎動は、ますますはっきりと形を持って腹の奥で動いた気がした。
食事を終えて、廊下を歩いていたときだった。
角を曲がった先で、別の宿泊客とすれ違う。
小柄な妊婦さんと、その腰を支える優しげな旦那さんらしき人。
同じマタニティプランの客なのかもしれない。
「こんばんは。お身体、大丈夫ですか? 旅館の階段、けっこう段差あるので気をつけてくださいね」
とても自然に、俺へ向けての言葉だった。
「……あ、はい……ありがとうございます」
つい、頭を下げてしまう。
すれ違ったあと、俺はひそかに問いかけた。
――このまま、何も言わなければ、俺は”妊婦”としてここに存在できてしまうんだろうか。
ふと隣を見ると、親友がぽつりと呟いた。
「……違和感無いよなー。すごいなぁ…」

!?
何処か他人事のような親友の言葉…。
それが確かめるのが、なぜか怖くて、何も返せなかった。
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