真夏の花火大会──俺が選んだのは“女性物の浴衣”だった

彼女のひと言で始まった焦燥

毎年、うだつが上がらない夏を過ごしてきた自分にとって、今年は一味違った。

それは高2にして初めて出来た彼女の“彩”のおかげだった。

正直、俺には勿体ないくらいの彼女。クラスでは誰にでも優しく、見た目もかなり可愛い部類に入るだろう。

そんな彩と6月の体育祭でたまたまペアとなった二人三脚で俺たちの距離は一気に縮まった。

付き合って1ヶ月あまり。彼女への想いは日に日に増すばかりだった。

――2人で帰る学校の帰り道、彼女が嬉しそうに俺の顔を見て言った。

「明日は花火だよね!一緒に浴衣で見れるの楽しみにしてたんだ!」

もちろん、俺も楽しみにしていた。俺たちが住んでいる田舎街にとって、夏の花火大会は一大イベントだ。

でも――「一緒に浴衣で」って……俺も、着ることになってたっけ?

ズキン、と心臓が跳ねる。

「あ……う、うん、楽しみだよね!俺もこのために浴衣買ったんだけど、上手く着れるかなぁ…」

「結人くんの浴衣姿、楽しみだなぁ」

彼女の期待を裏切りたくないと口から出た、咄嗟の嘘。これがすべての始まりだった――。


とにかく、浴衣を手に入れなきゃ。

彩と明日の待ち合わせ時間を決めて別れた後、俺は自宅とは別方向へ向かう路線バスに乗り込んだ。近所のショッピングモールに行って浴衣を買う為だ。
汗が額からこめかみに伝い、シャツがじっとりと背中に張りついていく。

ショッピングモールを駆け回りながら、心臓がバクバクと暴れていた。

「すみません、男性用の浴衣はすべて売り切れでして」

申し訳なさそうな表情を浮かべた店員の声が、あっさりと俺を奈落に突き落とした。

終わった――。

彩との初めての花火デート、俺の浴衣姿を楽しみにしてくれていたのに……。
胸がぎゅっと縮むような、敗北感。

でも、そのときだった。
視線の端に、妙に目立つコーナーが飛び込んできた。

女性用浴衣。
赤、ピンク、白、明るい色が華やかに並ぶ中で、ひときわ静かな紺の浴衣が一枚。
落ち着いていて、派手すぎない――まるで俺を呼んでいるかのように見えた。

「……これ、女物ですよね?」

震える声で尋ねると、近くにいた別の店員がくすっと微笑んだ。
少しつり上がった目が、どこか意地悪そうで、俺の戸惑いを楽しんでいるようだった。

「そうですね。でも、細身の男性なら……着こなせると思いますよ?」

「えっ……」

「ほら、お顔も整ってるし。きっと似合いますよ。試してみます?」

挑発するように、浴衣を両手で持ち上げて俺に差し出してくる。
逃げ道を失った俺は、しぶしぶそれを受け取った。
心臓が、またドクンと跳ねる。

「ご試着、どうぞ。……あ、帯も赤にしておきますね。アクセントになりますし」

そんな一言に、俺は返事すらできず、ただカーテンの向こうへと逃げ込んだ

シャッ、とカーテンを閉める。
改めて女性物である紺の浴衣に触れると、その柔らかさにゾクリとした。

――女物なんて……初めて、触る。

袖を通すと、するりと滑る生地が腕を包み込む。
首筋から背中まで、くすぐったい感覚が駆け抜けた。

店員に声を掛け、着付けをして貰う。

帯を腰に巻きつけると、苦しいくらいにウエストが絞られ、俺の身体が“女の子の形”に整えられていく。

「ほらっ、私の思った通りです。とってもお似合いですよ。女の子のゆ・か・た」

「……は……」

鏡の中に立っていたのは、どこか知らない誰かだった。
艶のある布が肌に貼りついて、鎖骨がやけに浮かび上がって見える。
頬は上気して、唇がわずかに震えていた。

「これで……ほんとに、明日のデートに行くのか?」

息を呑んだその瞬間、背中に汗がつーっと流れる。
羞恥が肌を焼くように広がり、全身がじんわりと熱を帯びていた。

「……でも……これしか、なかったんだ」

彩の隣に並びたい。
がっかりさせたくない。

明日、彩がこの俺を見たとき……
なんて言うのだろう。


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